荘斉帝姫(そうせいていき)は、北宋の仁宗の九女。
経歴
聞喜県君董氏(後に充媛となり、貴妃を追贈された)の長女として生まれた。賢懿恭穆帝姫と荘儼帝姫の同母姉である。
仁宗は過度のストレスで自殺を図ったことがあったが、董氏は献身的に看護した。仁宗はこの恩に感じた。嘉祐4年4月25日(1059年6月8日)に公主が生まれ、嘉祐5年(1060年)に福安公主に封ぜられた。治平元年(1064年)6月、再従兄の英宗により康国長公主に進封された。治平4年(1067年)、神宗により鄭国大長公主に進封された。同年閏3月23日(5月9日)に薨去し、秦国大長公主の位を追贈された。
元符3年(1100年)3月、徽宗から陳国大長公主の位を再追贈された。政和4年(1114年)12月、荘斉大長帝姫の位を再追贈された。
伝記資料
- 『宋史』
- 『宋会要輯稿』
- 『秦国大長公主墓誌銘』



