チェルィカウ(ベラルーシ語: Чэрыкаў)はベラルーシ・マヒリョウ州チェルィカウ地区(ru)の市である。また同地区の行政中心地である。
ソジ川に面し、クルィチャウから鉄道で32km、州都マヒリョウからは77kmの位置にある。人口は2017年の時点で8165人。
歴史
チェルィカウの史料上の初出は1460年である。リトアニア大公国期にはヴィテプスク県に属した。17世紀初頭に市に昇格し(それ以前は、1578年の段階でミャステチコであった)、1641年にヴワディスワフ4世よりマクデブルク法と市旗を与えられた。
1772年の第1次ポーランド分割によって帝政ロシア領となり、一時ミャステチコ(ロシア語ではメステチコ)に格下げされたものの、翌年には再度市となった。ムスチスラヴリ県(ru)、白ロシア県、モギリョフ県と短期間で上位区画が改編される中、チェリコフ郡(ru)(チェルィカウのロシア語名)の中心地の役割を担った。1781年に帝政ロシア政府より新たな市旗が与えられた。
ロシア革命の後は白ロシア・ソビエト社会主義共和国(現ベラルーシ共和国の前身)に属した。一時ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国に編入されるも、1924年に再び白ロシア領となり、現在に至る。なお第二次世界大戦中の1941年7月17日から1943年10月1日まではナチス・ドイツ軍の占領下にあった。
人口
- 1649年:2000人
- 1777年:906人
- 1880年:3853人
- 1910年:6198人
- 1965年:5000人
- 1991年:8300人
- 2002年:8600人
- 2015年:8184人
- 2017年:8165人
出身者
- メール・バシン:革命家(ロシア革命)
脚注
注釈
出典




