近藤 幸正(こんどう ゆきまさ、生没年不詳)は、戦国時代の武将。通称 左近右衛門。大久保氏の家臣。

略歴

享禄3年(1530年)、松平清康の宇利城攻めでは松平方に属し、鏑矢を務めたという。

息子は徳川家康に仕えた近藤幸成であり、娘は大久保忠世に嫁いだ 。 後に幸正の孫・幸綱は家臣を随従して石川家に入り其家臣となった 。

幸正は伊勢亀山藩家老近藤幸隆の8世の祖である 。墓所は菅生村満性寺(岡崎市) 。

参考文献

  • 『新訂寛政重修諸家譜 11』(続群書類従完成会、1965年、377p)
  • 『三重縣鄉土資料叢書』(三重縣鄉土資料刊行會 、1964年、30p)
  • 『鈴鹿郡野史 』(柴田厚二郎、1927年、157p)
  • 『参河志下巻』(参河志再版刊行会、1934年、323p)

脚注

外部リンク


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