菅田町(すがたちょう)は、かつて岐阜県武儀郡にあった町である。

1955年(昭和30年)に合併で益田郡金山町の一部となった後、現在は下呂市の一部である。

現在の地名では、下呂市金山町菅田笹洞、下呂市金山町菅田桐洞である。

概要

  • 飛騨川の支流の菅田川の上流に位置する。
  • 古代、飛騨国へ向かう東山道の支路(飛騨街道)は、美濃国方県郡から武儀郡・加茂郡を経由し、再び武儀郡を経ていたという。菅田町にはこの支路が通過し、駅(菅田駅)が設置されていたと考えられる。
  • 美濃国から飛騨国への道は、高山本線や国道41号などの飛騨川沿いのルートが完成するまではこの飛騨街道が中心であった。菅田町は飛騨街道沿いの商業の町であり養蚕業や製茶業、鉱業で栄えた。

歴史

  • 桐洞は往古は切原と伝えられていたが1463年(寛政4年)頃より霧原となり、1688年(元禄年間)より桐洞村となり明治年間に至った。」とされ、「笹洞は江戸中期までは篠洞とされていたが、後(年代不明)笹洞村となって明治年間に至った。」とされる。

近代以前

  • 776年(宝亀7年)『続日本紀巻三四』に美濃国菅田駅の名が現れる。
  • 平安時代(承平年間)『和名類聚抄』の武芸郡九郷の中に、菅田郷の名がある。
  • 1265年(文永2年)美濃国衙領に含まれていたと考えられ、後宇多天皇領御目録に美濃国菅田荘の名がある。
  • 1306年(徳治元年)亀山天皇皇女の昭慶門院領御目録に菅田郷の名がある。
  • 1334年(建武元年)以後 美濃国守護土岐氏の領地となる。
  • 戦国時代 上有知鉈尾山城主 佐藤方政の領地となる。
  • 1600年頃(慶長5年)上有知藩主金森長近の加増された分に、この地が含まれていたと考えられる。
  • 1611年(慶長16年)上有知藩主金森長光の死去により、大久保長安が支配する幕府領となる。
  • 1615年(元和元年)尾張藩領となる。

近代以降

  • 1871年(明治4年)7月14日 廃藩置県令により桐洞村・笹洞村は尾張藩だったため、初め名古屋県所属となるが、同年11月22日岐阜県所属となる
  • 1872年(明治5年)3月 江戸時代からの制度を廃止し戸長制度が導入される。
  • 1889年(明治22年)7月1日 - 笹洞村と桐洞村が合併し、武儀郡沙田村となる。
  • 1893年(明治26年)7月14日 - 沙田村を菅田村に改称。
  • 1896年(明治29年)11月20日 - 町制施行、菅田町となる。
  • 1955年(昭和30年)3月1日 - 益田郡下原村、郡上郡東村、武儀郡金山町と合併し、益田郡金山町が発足。同日菅田町廃止。

町長

  • 長尾元太郎

教育

  • 菅田町立菅田小学校(後の下呂市立菅田小学校、2021年3月に閉校)
  • 菅田町立菅田中学校(1962年統合により廃校)

名所・旧跡

  • 嶽見桜
  • 袋坂峠
  • 水晶山
  • 須波神社
  • 笹洞白山神社
  • 義民助兵衛の碑

その他

  • 益田郡金山町は、益田郡(下原村)、武儀郡(金山町・菅田町)、郡上郡(東村)と、3つの郡の4つの町村を合併して誕生した町である。合併後の所属する郡については、武儀郡か益田郡かでもめたという。

脚注

参考文献

  • 金山町誌編纂委員会 『金山町誌』 下呂市、1975年、2005年復刻

関連項目

  • 岐阜県の廃止市町村一覧

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